ここ数年、高齢者介護施設の職員から『薬剤耐性菌をもっている入所者さんの感染対策はどうするのか』といったご質問がよくあります。また、医療機関の看護師やMSWからは『薬剤耐性菌をもつ患者さんは、施設への入所を断られることがある』というご相談も増えました。そこで今回は高齢者介護施設における薬剤耐性菌対策をご紹介します。
【ツボ1】薬剤耐性菌の問題
薬剤耐性菌は私たちの体に常在している菌が抗菌薬に耐性を示したもので、病原性が強くなったわけではありません(主にMRSAやESBL産生菌)。保菌(感染症状を呈していない)しているだけであれば健康被害はないのですが、薬剤耐性菌により感染症を引き起こすと治療が難しくなります。そのため、日常の感染対策をしっかり行い、薬剤耐性菌の拡大を防ぐ必要があります。しかし、高齢者介護設内ではインフルエンザやノロウイルスと同様、薬剤耐性菌の拡大が深刻であり、自宅で生活している高齢者と比較して有意に薬剤耐性菌を保有していることがわかっています。
【ツボ2】保菌状態なら標準予防策
高齢者介護施設は医療機関とは対象者や設備、使用できる衛生材料が異なりますが、感染対策の基本的な考え方は同じです。薬剤耐性菌を保有していても、それが原因で感染症を引き起こしていない『保菌』状態であれば、拡大リスクも低いため感染対策は標準予防策(下表)で十分です。
標準予防策とは、感染症の有無に関わらず全ての患者(入所者)へ実施するべき感染対策ですので、ほとんどの感染症はこれで防ぐことができます。特に薬剤耐性菌は職員の手や施設内の環境を介して感染が拡大する(接触感染)ため、標準予防策のなかでも『手指衛生』が重要です。どの入所者に対しても、【触れる前後】【ケアの前後】【手袋を脱いだ直後】などのタイミングで手指衛生を実施し、耐性菌の伝播を防ぎましょう。また、耐性菌が検出されている部位に触れるときは、手袋やエプロンなどの『個人防護用具』を適切に使用し、職員自身が耐性菌の保有者とならないようします。『環境整備』も非常に重要で、トイレのドアノブなど入所者が高頻度に接触し、薬剤耐性菌が定着しそうな環境表面はアルコールクロス等を用いて毎日清掃します。
このように、標準予防策が徹底されていれば、通常の入所生活においては保菌者に対して制限を設けたり、特別扱いをしたりする必要はありません。
標準予防策
- 手指衛生
- 個人防護用具
- 呼吸器衛生/咳エチケット
- 環境整備
- 使用後リネンの適正な処理
- 使用後器材の適正な処理
- 職業感染防止 など
【ツボ3】症状に応じて接触感染予防
薬剤耐性菌の保菌者が感染症の症状を認めており、咳や痰、膿尿、褥瘡、下痢など周囲に薬剤耐性菌を広げやすい状態が発生している場合は、接触感染予防策を行います。
まずは部屋ですが、『喀痰より薬剤耐性菌がでていて、咳や痰が多い』『認知症のため、大部屋だと他の入所者への伝播や環境汚染の可能性が高い』など、拡散リスクが高い場合は個室を検討します。しかし、咳や痰が多くても寝たきりの場合は職員の感染対策ができていれば大部屋で問題ありませんし、入所者が手指衛生やマスク着用などの衛生行動が取れるのであれば個室にこだわる必要もありません。また、ケアや入浴の順序を最後にすることや、血圧計やSpO2機器などを使用したあとはアルコールクロス等で清拭消毒するなど、可能な範囲で実施してください。
接触感染予防策の解除の目安は、周囲に薬剤耐性菌を広げやすい状態が消失した時点です。その後は標準予防策を引き続き徹底して下さい。保菌者に対して培養検査によって菌の陰性化を確認する必要はありません。
【高齢者介護施設への入所予定者に対して、薬剤耐性菌の保菌等を理由に入所を断ることをしてはいけません。】
※今回の記事は厚生労働省発行の【高齢者介護施設における感染対策マニュアル 改訂版】を参考に作成しています。
(編集:東予感染管理サークル)
東予感染管理サークル(Toyo Infection Control Circle:TICC)は、地域の保健医療福祉施設における感染管理教育の支援を目的として、東予地域に在籍する有志の感染管理認定看護師によって感染対策セミナーを中心とした活動を行っています。